映画『ゼイリブ』解説:今なお色褪せない、B級SFカルトの傑作
1988年に公開されたジョン・カーペンター監督による映画『ゼイリブ』(原題: They Live)は、SFアクションというジャンルの皮を被りながら、その実、痛烈な社会風刺が込められたカルト的な人気を誇る作品です。特殊なサングラスをかけることで見えてくる世界の「真実」を描き、多くのクリエイターや観客に影響を与え続けています。
あらすじ
好景気に沸くアメリカの喧騒の裏で、仕事を求めて大都市にやってきた流れ者の肉体労働者ジョン・ナダ(プロレスラーのロディ・パイパーが演じる)。彼は偶然、ある教会に隠されていた謎のサングラスを発見します。
何気なくそのサングラスをかけて街を見渡したナダは、信じられない光景を目の当たりにします。街中の広告看板や雑誌は「服従せよ(OBEY)」「消費しろ(CONSUME)」「結婚して子供を増やせ(MARRY AND REPRODUCE)」といったサブリミナルメッセージに満ち、そして、富裕層や権力者として社会に溶け込んでいた人々の何人かが、骸骨のような恐ろしい顔をしたエイリアンであることに気づくのです。
この世界がすでにエイリアンによって巧みに支配され、人類は知らず知らずのうちに搾取されていたという真実を知ったナダ。彼は数少ない協力者と共に、エイリアンの支配から地球を解放するための孤独で過酷な戦いに身を投じていきます。
作品の魅力とテーマ
痛烈な資本主義・メディア批判
本作がカルト的な人気を博す最大の理由は、そのエンターテイメント性の高い物語に内包された、鋭い社会風刺にあります。映画が製作された1980年代のアメリカは、レーガノミクスによる経済政策の下、格差が拡大し、物質主義的な風潮が蔓延していました。
カーペンター監督は、富を独占し人々を操るエイリアンを当時のエリート層や権力者に重ね合わせ、人々を無自覚な消費へと駆り立てる広告やメディアを、人類を洗脳するための道具として描きました。サングラスを通して見えるプロパガンダの数々は、現代の我々が日常的に接している情報社会への警鐘としても読み取ることができ、公開から30年以上経った今でもそのメッセージは色褪せません。
B級映画ならではの魅力と伝説のシーン
低予算で製作されたB級映画でありながら、『ゼイリブ』には観るものを惹きつけてやまない魅力的なシーンが満載です。
- 伝説の長回し格闘シーン: ナダが友人のフランク(キース・デイヴィッド)に世界の真実を知らせるため、サングラスをかけさせようとする場面。たかがサングラスをかけさせるだけなのに、二人は約6分間にもわたって路地裏で壮絶な殴り合いを繰り広げます。この常識外れで執拗なまでの長い格闘シーンは、映画史に残る名(迷)場面として語り草になっています。
- クールな名台詞: 銀行にショットガンを持って現れたナダが言い放つ「ガムを噛みに来た。そして奴らをブッ飛ばしに。…でもガムはもうないぜ(I have come here to chew bubblegum and kick ass… and I’m all out of bubblegum.)」というセリフは、本作を象徴する名言として非常に有名です。多くのアクション映画やゲームなどでオマージュされています。
後世への影響
『ゼイリブ』の独創的なアイデアやビジュアル、そして風刺精神は、後世の多くの作品に影響を与えました。映画『マトリックス』に見られる「見える世界が真実ではない」という設定や、様々なポップカルチャーにおけるパロディやオマージュなど、その影響は枚挙にいとまがありません。ストリートアーティストのシェパード・フェアリーが展開する「OBEY」のアートプロジェクトも、本作から強いインスピレーションを受けています。
『ゼイリブ』は、単なるSFアクション映画の枠を超え、社会やメディアとの関わり方を考えさせる批評的な視点を持った作品です。エンターテイメントとして楽しみながらも、現代社会に潜む見えない「支配」について、深く考えさせられる傑作と言えるでしょう。